沖縄、那覇空港に来ました。
実に10ヶ月ぶりに乗った東武東上線から、山手線、京急線を乗り継ぎ、
いつもより空いている羽田空港から3時間。
週末と有休を利用して3泊4日の旅。
沖縄に来たのは多分6度目ですが、最後に来たのは十数年前。久しぶりです。
この日宿を取っているのは、中部西海岸の恩納村。
5時までやっている恩納村の図書館に行けるかな、と目論んでいたのですが、
空港の外に出るのも、レンタカーの店まで行くのも、思いの外時間を要してしまい、
ちょっと無理そうな時間に。
沖縄に来るとなぜか飲みたくなる、A&Wのルートビアを飲みながら計画を練り直し、
コザ(沖縄市)に行くことにしました。
那覇から内陸を行く道は、意外に起伏が激しく、
カラフルなコンクリート製の家並は、中南米の様。
道も混んでいて、コザの図書館に着いた時は、閉館の6時まで30分を切っていました。
街の北西の高い所にあり、裏には沖縄自動車道。その向こうは米軍の嘉手納基地です。
かなり新しそうな建物ですが、入口の前にはしっかり石敢當が。
(沖縄の道の角ならどこにでもある、魔除け)
真向かいには大きな亀甲墓が並んでいて、沖縄らしさに溢れています。
中も綺麗。広々としています。
白が基調の部屋に、原色の椅子と、実にお洒落。
椅子はかなり多めです。
置かれている本は意外に普通かな、と思っていたら、奥に郷土、沖縄市資料の部屋がありました。
これもなかなか広く、かなりの蔵書です。
まず目に入ったのは、沖縄関連CD、DVDの棚。
CDは、りんけんバンド、夏川りみなど、本土でも知られている人もいますが、
大半はあまり聞いたことの無い、“ウチナー“ミュージシャンの作品。
DVDの方も、戦争記録の他、舞踊、演劇など、琉球文化が満載です。
沖縄はローカルな出版業が盛んだそうで、本土ではなかなか見かけない本が、山のように置いてあります。
「がじゅまるファミリー」「おばあタイムス」など、本土では見たことの無い、
ローカルな漫画本も並んでいました。
「ホテル・ハイビスカス」も見慣れませんでしたが、これはメジャー誌掲載で映画化もされているようです。
新屋敷幸繁文庫、なるガラス扉の棚もあり、
古い貴重そうな本が収められています。
誰かというと、地元コザの高校や大学の長も務めた詩人だそうです。
大阪の豊中市、山形の米沢市などが姉妹都市だそうで、これらの街の資料も置いていました。
一般書の方に戻ります。
雑誌コーナーを見ると、官公庁系のものが目立ちますが、
あまり本土と変わらないラインナップ。
よく見ると、「おきなわ倶楽部」「オキナワグラフ」などのローカル誌も、やはりありました。
米兵の多い土地柄らしく、洋書、洋雑誌の棚もあります。
旅行ガイド、日本語学習など、実用的なものが目立ちます。
調べると、当地で開館したのは、2017年。やはり、まだ出来たてです。
BCコザなるこのビルは、市の雇用促進等施設で、他には市民小劇場なども入っているようです。
図書館は一階だけですが、そのお陰で、ワンフロアの図書館としては九州で最大規模の広さ、とのこと。
蔵書数は、2年前の情報で約22万冊です。
近くにある、沖縄市戦後文化資料展示館ヒストリートにも行きたかったのですが、そこも6時まで。
駆け足で向かうと、僅か5分足らずですが、何とか見学できました。
二階では、コザ暴動を考える-あれから50年-の企画展をやっていました。
余計なお世話かもしれませんが、沖縄市という名前はどうも好きになれません。
コザ市と美里町が合併して1974年に誕生したそうですが、地元民も観光客も、誰もがこの街を「コザ」と呼んでおり、
「沖縄」を使うのは、お役所と道路標識くらいではないかと。
案内矢印の先に「沖縄」の字が出てきても、この島全体が沖縄だし、どこのことだよ!と突っ込みたくなります。
英語の看板だらけの中を、米兵の転がすYナンバーの車が駆け回る、アメリカンなコザの街を後に、
次に向かうは北に約20㎞、更にディープな街、金武(きん)。
巨大米軍基地、キャンプ・ハンセンを抱える町。
ここの居酒屋で夕食にします。
メインストリートも閉まっている店が多く、必ずしも賑わっているわけでは無いのですが、
街の中も店の中も、米兵だらけ。
豚の血で煮るという金武の郷土料理、チーイリチャーは、意外に癖が無く、極く普通に美味でした。
店を出ると、街中に断続的に爆音が鳴り響いています。
まさか、米軍はこんな夜間に平気で軍事演習をやるのか??と思ったら、
間近に上がる、花火の音でした。
何のお祝いだったのか分かりませんが、幸先の良い、旅の初夜となりました。(※)
(※)「金武町町制施行40周年記念」・「沖縄県人海外移民120周年記念」・「新型コロナ悪疫退散祈願」の花火だったようです。(金武町応援花火打ちあげます‼ | マイ広報紙)